倉庫に置かれた在庫は、静かに毎月お金を食べ続けています。しかもその額は、決算書のどこにも「在庫費用」という一行では出てきません。

「在庫は資産です」——会計上はその通りで、貸借対照表では流動資産の一行に並びます。ところが、その"資産"は倉庫に置かれているあいだ、保管料・手数料・値引き・廃棄という形で、利益を少しずつ削り続けています。やっかいなのは、その合計額が損益計算書のどこにも「在庫費用」というラベルで現れないことです。見えないコストは、対策の対象にもなりません。

本記事で取り上げるのは、年商3億円規模・雑貨日用品系のEC物販社の モデルケース です。この会社が在庫管理SaaS「S-wallet」で在庫費用を約30%——年間約540万円——削減するまでに何をどう変えたのか、そして同じ結果を自社で再現するには何が要るのかを、率直にお伝えします。

本記事の前提
本記事は特定の実在企業1社の事例ではなく、複数のEC物販事業者への支援実績をもとに再構成した代表的なモデルケースです。数字は誇張せず、現実的に再現可能な範囲にとどめています。「ツールを入れれば3割減る」という話ではない、という点は本文中で繰り返し触れます。
CONTENTS / もくじ
  1. 「在庫費用」を5つに分解する——導入前の状態
  2. 何がボトルネックだったのか
  3. 導入と運用——S-walletで何を可視化し、判断をどう変えたか
  4. After——変化を数字で見る
  5. 結局、自社で同じ結果を出すには(前提条件・業態別・チェック)
  6. 図解:在庫費用の構成は、こう変わった
  7. まとめ

「在庫費用」を5つに分解する——導入前の状態

最初に確認したいのは、「在庫費用とは何の合計か」です。多くの経営者が思い浮かべるのは保管料だけですが、実際の在庫費用はもっと広い。本ケースでは、在庫費用を次の 5費目の合計 と定義しました。

① 保管料:倉庫・FBA等に在庫を置くこと自体の費用 … 年720万円
② 長期保管手数料:一定期間動かなかった在庫への割増 … 年180万円
③ 廃棄ロス:期限切れ・モデルチェンジ・破損で捨てた在庫の原価 … 年240万円
④ 値引きロス:滞留在庫を投げ売りして毀損した粗利 … 年420万円
⑤ 滞留の機会損失:売れない在庫に資金が縛られ、売れ筋を仕入れられなかった損失 … 年240万円

合計すると、導入前の在庫費用は 年間約1,800万円。年商3億円の6%にあたり、粗利率30%前後の物販では利益を直接圧迫する規模です。

盲点になりやすい2費目
特に見落とされやすいのが、④値引きロス⑤機会損失です。値引き処分は「現金が入った」と認識され、損失として数えられにくい。しかし原価1,000円・本来1,800円で売れる商品を1,100円で投げ売れば、700円の粗利が消えています。この"消えた粗利"こそ、在庫費用の正体の一部です。

セール後の在庫が利益をどう削るかは、セール後の死に在庫が年間利益を圧迫する実態でも詳しく扱っています。


何がボトルネックだったのか

在庫費用が膨らむのには、必ず原因があります。本ケースで特定したボトルネックは3つでした。いずれも「能力の問題」ではなく 「仕組みの問題」 だった点が重要です。

ボトルネック 1滞留在庫が「見えていない」
在庫管理表に数量と金額は載っていても、「最後に売れたのはいつか」「あと何ヶ月分か」が一目で分からない状態でした。滞留は、気づいたときには手遅れになっている。見えなければ、打ち手も遅れます。
ボトルネック 2発注が担当者のカン頼み
発注判断は経験豊富な一人に集中していました。SKUが400もあると、その全部を最適に保つのは物理的に不可能です。結果、売れ筋は欠品し、動かない商品は積み増されるというズレが常態化していました。
ボトルネック 3棚卸が月次で、粒度が粗い
棚卸は月に一度。これだと滞留の発見が最大4週間遅れます。早く手を打てば軽い値引きで回せるものが、遅れるほど深い値引きか廃棄しか選べなくなります。時間そのものがコストでした。

見えなければ打てず、打つのが遅れればコストは膨らむ。S-walletの導入は、この"見える化と判断の仕組み"を埋めるためのものでした。


導入と運用——S-walletで何を可視化し、判断をどう変えたか

📦

S-wallet とは

arkellc.com(Arke 合同会社)が提供する、EC物販向けの在庫管理・在庫最適化SaaS。滞留在庫の可視化、保管コストの把握、発注・処分判断のサポートを行います。

S-wallet の詳細を見る →

重要なのは、ツールを入れたこと自体ではなく、判断のリズムと材料が変わったこと です。本ケースで業務がどう変わったかを、4つのステップで説明します。

STEP 1 | 可視化滞留と在庫日数を「常時見える」状態にした
販売データと在庫データを取り込み、SKUごとに「在庫日数(あと何日分か)」「最終販売日からの経過日数」「滞留判定」を一覧表示。月次でしか分からなかった滞留が、常時見える状態になったのが最初の変化です。
STEP 2 | 発注判断カンを「最終チェック役」に置き直した
S-walletは、SKUごとの販売速度とリードタイムから推奨発注点を提示します。担当者はゼロから発注量を考えるのではなく、提示された推奨に「Goか、調整か」を判断する形に変わりました。カンを否定するのではなく、最後の判断者として残したわけです。
STEP 3 | 処分判断"持ち続けるコスト"を数字で比較できるようにした
滞留と判定された在庫について、「経過日数」と「保管コストの累計」を突き合わせ、持ち続けるコストと今値引きする損失を比較。滞留品を「いつ・いくらで・どこまで」値引くかを、感覚ではなく数字で決められるようになりました。
STEP 4 | 運用リズム月次レビューを「週次30分」に変えた
毎週月曜の30分、画面を見ながら「今週発注するSKU」「今週処分に動かすSKU」を決める。専任者を雇わず、業務時間も大きく増やさず、判断のリズムと材料を変えた——変化の本体はここにあります。

After——変化を数字で見る

導入から約8〜10ヶ月かけて、在庫費用は段階的に下がっていきました。在庫費用の合計は年間約1,800万円から 約1,260万円 へ、約540万円・率にして約30% の削減です。

▲30%
在庫費用 合計(年間)
1,800万1,260万円
▲16pt
滞留在庫比率
約38%約22%
▲1,400万
在庫評価額
5,000万3,600万円
回復
動かせる現金に戻った額
約1,400万円

5費目それぞれの動きを並べると、削減幅が均等ではないことが分かります。

費目導入前導入後削減率
保管料720万円540万円−25%
長期保管手数料180万円80万円−56%
廃棄ロス240万円160万円−33%
値引きロス420万円300万円−29%
滞留の機会損失240万円180万円−25%
合計1,800万円1,260万円−30%

数字の動き方には順番がありました。最初に効いたのは 長期保管手数料で、滞留が見えて早めに動かせるようになり、3〜4ヶ月で目に見えて下がりました。次に値引きロス——深い値引きの前に、軽い値引きで回せるケースが増えました。保管料と廃棄ロスは在庫構成そのものの入れ替わりに時間がかかり、効果が出そろうまで8ヶ月以上かかっています。

費用以外では、滞留在庫比率が約38%→約22%へ改善。在庫評価額は約5,000万円→約3,600万円に圧縮され、差額の約1,400万円が、滞留に縛られた状態から 動かせる現金 に戻りました。この現金は、売れ筋の仕入れや広告に再投下できます。

「必ずこうなる」ではありません
念のため強調しておくと、これは保証された結果ではありません。在庫費用の構成も、削減の効きやすさも、業態で大きく変わります。本ケースはあくまで再現可能な範囲の一例です。次に、その"再現の条件"を率直にお話しします。

結局、自社で同じ結果を出すには

ここが、本記事で最もお伝えしたい部分です。「ツールを入れれば在庫費用が3割減る」と読めてしまったとしたら、それは正確ではありません。

前提条件——ツールは必要条件であって、十分条件ではない

本ケースが成立した背景には、4つの前提がありました。この4つが欠けたままツールだけを導入しても、本ケースの結果は再現できません。

前提① データが最低限デジタルで揃っている
販売実績・在庫数量・原価がCSV等で取り出せること。紙やバラバラのExcelだと、可視化以前のデータ整備に数ヶ月かかります。
前提② 週次30分、判断に向き合う人がいる
可視化された数字は、見て・決めて・動いて初めて費用に効きます。S-walletは判断を助けますが、判断そのものは代行しません。
前提③ 経営が「評価損を一時的に認める」覚悟を持つ
滞留在庫を早めに値引き・廃棄するとは、短期的に在庫評価損を計上すること。この痛みを引き受けられないと、滞留は"資産のフリ"をして残り続けます。
前提④ 3〜6ヶ月の助走期間がある、と理解している
在庫は一気には入れ替わりません。最初の数ヶ月で焦って止めると、本当の効果が出る前に終わります。

逆に言えば、この4つが揃っていれば、再現の可能性は十分にあります。

業態別——どこから着手すべきか

「在庫費用の削減は、ここから始めれば効率がいい」という順序は、業態によって違います。万能の手順はありません。 代表的な3つの型に分けて示します。

型 A型番商品の回転型(定番・通年品が中心)
着手は発注点の見直しからが効率的。データが素直で販売速度も安定し、推奨発注点の精度が出やすく効果も早い。3〜4ヶ月で保管料と長期保管手数料に効き始める、最も短期に結果が見えるタイプです。
型 B季節品比率が高い型(シーズン商品が売上の柱)
着手は「シーズン終了時の在庫処分ルール」から。在庫費用が値引きロスと廃棄ロスに偏るため、需要予測の精度を上げる前に、まず「売れ残りをいつ・どこまで値引くか」の引き際を先に決めます。効果の確認には最低1〜2シーズンかかります。
型 COEM・PBの長納期型(自社企画品でリードタイムが長い)
着手は「発注ロットとリードタイムの可視化」から。一度発注すると数ヶ月は止められず、入口の発注量の精度がほぼすべてを決めます。効果が出るまで6〜12ヶ月と、最も時間がかかる型です。

自社がどの型に近いかで、最初の一手は変わります。複数の型が混ざる場合は、売上構成比の大きい型から着手するのが現実的です。

自社の現状を測る、簡単なチェック

着手の前に、自社の在庫がいまどの程度滞留しているかを測ってみてください。難しい計算は要りません。

滞留在庫比率 = 90日以上動いていない在庫の評価額 ÷ 在庫評価額の総額 × 100

これがひとつの目安です。健全な水準は業態で異なりますが、回転型で20%を超えていれば改善余地が大きい季節品中心ならシーズン端境期に40%を超えていないか、といった見方ができます。

あわせて、在庫費用の概算も出してみましょう。直近1年の「保管料の請求額+長期保管手数料+廃棄した在庫の原価+値引き処分で削れた粗利」を足すだけで、自社の在庫費用のおおよその規模が見えます。この概算を出すこと自体が、改善の第一歩です。モール別の在庫状況を試算したい場合は、モール在庫シミュレーターも活用してください。


図解:在庫費用の構成は、こう変わった

本ケースの在庫費用が、導入前後でどう変わったかを、5費目で示します。

在庫費用の構成:導入前 vs 導入後(年間・5費目) 合計 1,800万円 720 180 240 420 240 合計 1,260万円(−30%) 540 300 180 導入前 導入後 費目(導入前→導入後・万円) 滞留の機会損失 240→180 値引きロス 420→300 廃棄ロス 240→160 長期保管手数料 180→80 保管料 720→540 ※ 複数の支援事例をもとに再構成したモデルケースの数値です。
▲ 在庫費用 1,800万円→1,260万円。削減幅は費目ごとに均等ではありません。

注目していただきたいのは、削減幅が費目ごとに均等ではないことです。最も大きく減ったのは長期保管手数料(約56%減)、次いで廃棄ロスと値引きロス。「滞留を早く見つけて、早く動かす」という一点が、複数の費目に波及していることが分かります。


まとめ

本ケースで起きたことは、要約すれば次の通りです。在庫費用を「保管料・長期保管手数料・廃棄ロス・値引きロス・機会損失」の 5費目の合計 として捉え直し、S-walletで滞留と発注を可視化し、判断のリズムを月次から週次へ、材料をカンから数字へ変えた。その結果、年間約1,800万円だった在庫費用が約1,260万円へ、約30% 下がりました。

ただしその再現には、データの整備・判断する人・評価損を認める覚悟・助走期間への理解、という 4つの前提 が要ります。ツールは効果の必要条件であって、十分条件ではありません。

私たち Arke が S-wallet で目指しているのは、「在庫という見えにくい費用を、経営が毎週見て・決められる数字に変える」ことです。在庫費用は、構造を理解して仕組みで向き合えば、小さくできる余地のある領域です。まずは、自社の在庫費用がいま年間いくらかかっているのかを知ることから始めてみてください。

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