Excel在庫表は、EC事業の初期にはとても便利です。自分で列を足せる、計算式も自由に組める、楽天・Amazon・自社ECの在庫を1枚にまとめられる、外部ツールを入れなくても今日から使える――年商数千万円の段階では、Excel在庫表だけで十分回ることも多いです。
しかし、年商1億円を超え、SKUが200から500、1,000へ増え、3チャネルを同時に見るようになると、少しずつ限界が見えてきます。「Excel更新が追いつかない」「集計ミスが怖い」「自分しか触れない」――楽天・Amazon・自社ECを運営するEC事業者の口癖です。これは担当者の能力不足ではなく、Excel在庫表の構造上、事業規模が上がると必ず起きやすい壁です。
私は東証一部企業でデータ分析・需要予測・業務改善に10年携わり、その後、EC事業者の在庫・需要判断の支援を行ってきました。その経験から見ると、年商1〜2億円規模で重要なのは、Excelを捨てることではありません。Excel在庫表に入っている数字を、どう判断軸に変えるか。本記事では、Excel在庫表運用でぶつかる3つの壁と、ClaudeやChatGPTで何が変わるかを整理します。
壁1:SKU数増加で「更新工数」が爆発する
最初の壁は、SKU数増加に対する更新工数の非線形な増加です。
SKU 200から1,000への更新工数は、5倍ではなく約20倍になる構造があります。 理由は3つです。1つ目は、SKU数が増えると目視で見るべき行が増え、注意すべきSKU(在庫日数異常・販売ペース変動)の発見に時間がかかること。2つ目は、SKU間の依存関係(セット商品・色違いサイズ違い)が組み合わせ的に増えること。3つ目は、各SKUの「異常閾値」を覚えておく頭の領域が、人間の認知限界を超えることです。
加えて、楽天RMS・Amazon Seller Central・自社EC管理画面それぞれで在庫データの形式が異なります。CSVエクスポートの列構成、SKUコードの命名規則、在庫数の小数点扱い――1チャネルでもクセがあるのに、3チャネル統合は単純に3倍以上の工数です。さらにFBA、自社倉庫、RSLなど、在庫場所ごとにファイル形式や更新タイミングも違います。
結果として、週次で更新していた在庫表が月次更新になり、月次が四半期更新になります。在庫日数や滞留比率の判断は鮮度がすべてですから、判断タイミングが遅れた瞬間、欠品と滞留の両方が積み上がります。「データはあるのに、見られない」が、年商1.4億円規模で典型的に起きる事態です。
業態別の在庫回転率と在庫日数の目安は在庫回転率の目安と業界別ベンチマークで扱っていますが、ベンチマークと比較できるのも、Excelが最新であってこそ。Excel在庫表の更新が滞ると、ベンチマーク比較自体ができなくなります。Excel在庫表そのものが悪いわけではなく、問題は、更新工数が増えすぎると、判断に使う前に疲れてしまうことです。
壁2:複数チャネル統合での「集計ミス」
2つ目の壁は、楽天・Amazon・自社ECを統合する際の集計ミスリスクです。
最大の難所は、SKUコードの統一性問題です。楽天SKU、Amazon ASIN、自社品番――同じ商品に異なる識別子が振られています。
楽天 :A001-BLK-M
Amazon :A001_BLACK_M
自社EC :A001-BK-M
人間が見れば同じ商品だと分かりますが、Excel上では別の商品として扱われます。VLOOKUPやXLOOKUPの関数を組みますが、関数1つの引数を間違えるだけで、全SKUの紐付けが狂います。
加えて、入荷タイミングと販売タイミングのズレが集計を複雑にします。月末に入荷した在庫、翌月初に反映される販売データ、Amazon側では出荷済みだが自社管理表では未反映の商品――こうした時間差を吸収する仕組みが、Excel単体ではほぼ作れません。締め日基準を「月末0時」にするか「月初6時」にするかで、在庫数も売上も大きく変わります。
そして「Excel関数の手入力で1つ間違えると全部間違える」リスクです。SUMIFの範囲指定がずれた、IFERRORの分岐条件を見落とした、絶対参照と相対参照を混在させた、ピボットテーブルの更新を忘れた、フィルターをかけたまま貼り付けた――こうした人的ミスが、月次レポートの数字を狂わせます。経営判断の元データが間違っていれば、判断軸も間違います。
集計ミスの怖さは、「気づくのが遅れる」ことです。1か月後の銀行残高の動きを見て、ようやく「あれ、おかしい」となります。その時には、誤った判断に基づいた発注がすでに動いた後、というのが典型パターンです。
そして集計ミスが怖くなると、判断が遅れます。「もう一度確認してから発注しよう」「来週見直してから処分しよう」――この保留が、欠品や滞留につながります。
壁3:判断軸の「属人化」と引き継ぎ困難
3つ目の壁は、判断軸の属人化です。Excel在庫表は、代表者の頭の中にある「判断軸」とセットで初めて機能します。
「なぜこのSKUは在庫を多めに持っているのか」「なぜこの商品は値下げしないのか」「なぜこの仕入先からの発注は前倒しなのか」――こうした判断軸は、年月をかけて代表者が積み上げた経験知です。
実務上の判断は、たとえば次のようなものです。
- このSKUは売上が落ちているが、来月セールがあるから在庫を残す
- この商品は粗利が高いので、在庫日数が長くても持つ
- このカラーは回転が遅いが、ページ全体の見栄えに必要
- この商品は欠品すると広告効率が落ちるので、多めに持つ
- このSKUは販売数が少ないが、セット販売用に残す
Excel在庫表に書かれているのは「在庫数」「販売数」「入荷数」「発注数」だけ。判断理由は頭の中です。
スタッフを雇って引き継ぎを試みても、3か月で離脱するケースが珍しくありません。理由は単純で、引き継ぎ書類が作れないからです。Excelの操作は教えられますが、「なぜこの数字を見るか」「どの数字を、どう判断するか」のロジックが言語化されていないため、新人は何をすればいいか分かりません。結果、スタッフはExcel更新作業だけを担当し、判断は代表者が持ち続けることになります。
最大のリスクは、代表者が倒れたら事業が止まることです。週1日休めない、長期出張が組めない、家族の介護で時間が取れない――こうした制約が、判断軸の属人化からくる事業継続リスクとして顕在化します。
属人化の構造的問題は、Excel在庫表だけでは解決できません。判断軸を言語化して、誰でも実行できる形に変換するプロセスが要ります。次のセクションで、Claudeを使った言語化のアプローチを紹介します。
Claudeで何が変わるか
Claudeを組み合わせると、3つの壁の越え方が変わります。結論から言えば、Excel在庫表を捨てる必要はありません。むしろ、既存のExcel在庫表を活かしたまま、判断軸を言語化するところから始めるのが現実的です。
壁1(更新工数): 既存のExcel在庫表をそのままClaudeに渡し、SKU別の在庫日数を自動分類できます。たとえば次のプロンプトです。
以下の在庫表をもとに、SKUごとの発注判断を整理してください。
【参照する列】在庫日数/直近30日販売数/直近90日販売数/最終販売日/粗利率/チャネル別在庫
【出力分類】
1. 追加発注候補
2. 様子見
3. 発注停止候補
4. 滞留処分候補
5. 要確認
各分類について、判断理由を1行で説明してください。
人手で30分かかる作業が3分で終わります。Excel在庫表のフォーマットを変える必要はありません。
壁2(集計ミス): チャネル別のCSVを複数貼り付け、SKUコードの紐付けロジックも明示できます。Claudeは関数の引数を間違えず、変換ロジックを返してくれるため、検証の手間も減ります。
壁3(属人化): 「このSKUは在庫を多めに持っているが、なぜか」と頭の中の判断軸をClaudeに話して、文書化してもらえます。月次レビュー用にはこうしたプロンプトが使えます。
今月確認すべきSKUを10件だけ抽出してください。
分類は以下です。
・欠品リスク
・滞留リスク
・値下げ候補
・追加発注候補
・チャネル配分見直し候補
各SKUについて、理由と次アクションを1行で出してください。
プロンプトを社内で共有すれば、新人でも同じ判断軸で動ける状態に近づきます。
特にヒーロー記事Claudeで在庫管理表を発注判断できる形に整理してみたでは、Excel在庫表をClaudeに渡して、発注判断できる形に整理する実録を扱っています。プロンプト1本で月次レビューが10分で終わる、というのは過度な誇張ではなく、実際に運用に乗せている事業者の感覚値です。
もちろん、Claudeの出力をそのまま採用してはいけません。数字の集計値が合っているか、SKUコードの紐づけが正しいか、季節商品や新商品を誤って滞留扱いしていないか――ここは人が確認します。ただし、ゼロからExcelを見て考えるより、Claudeが一次整理したものを確認する方が、負担は大きく下がります。
移行ステップ:Excelは捨てない
Claudeを使い始めるのに、Excel在庫表を捨てる必要はありません。3ステップで段階的に移行できます。
STEP 1:既存Excelをそのまま使う。 列構成は変えません。最低限、以下の列があるとClaudeに渡しやすくなります。
| 列名 | 内容 |
|---|---|
| SKU | 商品識別子 |
| 商品名 | 表示用名称 |
| カテゴリ | 商品分類 |
| チャネル | 楽天/Amazon/自社EC |
| 在庫数 | 現在庫 |
| 直近30日販売数 | 短期トレンド |
| 直近90日販売数 | 中期トレンド |
| 在庫評価額 | 単価×在庫数 |
| 粗利率 | 商品別粗利 |
| 最終販売日 | 滞留判定の起点 |
| リードタイム | 発注計画の起点 |
STEP 2:Claudeに3つの基本プロンプトを渡す。 ①発注判断、②滞留SKU抽出、③チャネル別在庫偏りチェック――この3つから始めます。各プロンプトは1回作れば、毎月コピペで使えます。
STEP 3:1か月後に運用統合。 どのプロンプトが役に立ったか、どの列が足りなかったか、どの判断は人が見るべきか、どの出力を毎月固定化するか――これを決めると、AI活用は単発ではなく月次運用になります。
「全部AIに置き換える」のではなく、「Excelの上にAIを乗せる」のが現実解です。
まとめ
Excel在庫表は、年商1〜2億円規模のEC事業者が積み上げてきた資産です。捨てる必要はありません。ただし、SKU増加・チャネル統合・属人化という3つの壁にぶつかるタイミングは、ほぼ確実に来ます。
ここで重要なのは、Excelを否定することではなく、Excel在庫表に入っているデータを判断軸に変えることです。ClaudeやChatGPTは、その一次整理と判断軸の言語化に向いています。Excel在庫表を残したまま、AIで発注判断・滞留判定・チャネル配分を整理する――この進め方なら、大きなシステム導入をしなくても、月次運用を一歩前に進められます。
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