本記事の数値はすべてモデルケース(試算)です。実在の顧客事例ではなく、年商1.4億円規模のEC物販事業者を想定して費目と削減幅を試算したものです。自社に当てはめる際は、ご自身の実数で置き換えてお読みください。
「在庫費用を減らしたい」と考えたとき、多くのEC事業者がまず思い浮かべるのは仕入代金の圧縮です。しかし在庫費用の本体は、仕入れたあとに毎月静かに発生し続けるコストの側にあります。前回のモデルケース記事では在庫費用を5費目で捉え直す全体像を整理しました。今回はその続編として、「90日で、何を、どの順にやると、どの費目がいくら動くのか」を試算ベースで具体化します。
1. 在庫費用は「仕入代金」だけではない — 5費目の全体像
在庫費用は次の5つの合計で捉えると、削減余地が見えやすくなります。
1つ目は保管・倉庫費。自社倉庫の賃料、外部倉庫やFBAの保管料に加え、棚使用料・入出庫費・ピッキング費・保険料までを含みます。2つ目は資金コスト。在庫に寝ている現金の調達金利・機会費用です。3つ目は値下げ・評価損。滞留した在庫をセールで処分するときに削れる粗利です。4つ目は廃棄・長期保管手数料。売り切れなかった在庫の最終コストです。5つ目は管理工数。棚卸・在庫確認・発注調整に費やす人件費換算の時間です。
このうち請求書で目に見えるのは1つ目と4つ目だけで、残る3費目は損益計算書のどこにも「在庫費用」という科目では現れません。だからこそ、まず全体を1枚にする作業が出発点になります。
2. モデルケースの前提条件(試算)
今回のモデルケース(試算)の前提は次のとおりです。
- 年商1.4億円、粗利率35%のEC物販事業者(楽天・Amazon・自社ECの3販路)
- SKU数800。売上の6割を主力商品A・Bを含む上位120SKUが占める
- 在庫評価額3,500万円、在庫日数はおよそ91日
在庫日数91日は、業態別ベンチマークでいえば一般物販型のレンジ上限を超えつつある水準です。欠品はほぼないものの、シーズン後の持ち越しが常態化している――そんな「よくある状態」を想定しています。
3. 現状試算: 在庫費用は年間約1,000万円
前提条件から5費目を試算すると、合計は年間約998万円になります。
内訳は、保管・倉庫費420万円(売上比3.0%)、値下げ・評価損280万円、管理工数120万円、廃棄・長期保管手数料90万円、資金コスト88万円(在庫評価額×金利2.5%相当)。注目すべきは構成比です。請求書で見える保管・倉庫費は420万円ですが、見えにくい残り4費目の合計は578万円と、こちらの方が大きい。つまり保管料の値下げ交渉だけでは、在庫費用の半分にしか手が届きません。なお売上比3.0%という保管費水準は、倉庫費が売上比3%を超えた時の記事で「立ち止まる合図」と整理したラインです。年間約1,000万円は、この規模の事業者の営業利益と同水準か、それを上回ることも珍しくありません。
4. Step1(0〜30日): 可視化と滞留在庫の特定
最初の30日はコストを1円も削りません。この期間の問いは「何を売るか」ではなく「何を持ち続けているか」です。やることは2つだけです。
1つ目は、上記5費目を自社の実数で埋めること。倉庫の請求書、借入金利、直近1年のセール値引き実績、在庫業務に使っている時間を集めれば、精緻でなくても「桁」は掴めます。2つ目は、SKU別に「最終販売日からの経過日数」を出し、90日以上動いていない滞留在庫を特定すること。やり方は在庫健康診断5項目の手順がそのまま使えます。
モデルケースでは、この時点で在庫評価額3,500万円のうち約700万円(20%)が90日以上の滞留と判明した、という想定を置いています。この比率自体は珍しいものではなく、セール後の持ち越しが2〜3回続いた事業者であれば十分に起こり得る水準です。
ここで大切なのは、滞留在庫を見つけても「まだ売れるかもしれない」と判断を先送りしないための基準を先に決めておくことです。たとえば「最終販売日から120日経過かつ直近30日の販売ゼロなら出口検討リストへ」のように、機械的に振り分けられるルールを1行で書いておくと、Step3の出口設計が迷いなく進みます。逆にこの基準がないと、可視化はできたのに在庫は減らない、という中途半端な状態で90日が終わります。
5. Step2(31〜60日): 発注ロジックの見直し
滞留の入口は発注です。次の30日で、上位120SKU(主力商品A・Bを含む売上6割ゾーン)に絞って発注ロジックを見直します。具体的には、発注点をリードタイムと需要のばらつきから再計算し、「前回と同じ量」の発注をやめること。全800SKUを一気にやろうとすると止まるため、金額インパクトの大きい上位から着手するのが現実的です。
見直しの手順は3つに分けると進めやすくなります。まず、上位120SKUそれぞれの実リードタイム(発注から入荷まで)を直近3回の実績から拾い直す。次に、直近90日の販売数から日販のばらつきを見て、安全在庫を「感覚」ではなく日数で置き直す。最後に、発注点を「リードタイム中の予想販売数+安全在庫」で再計算し、既存の発注量と比べて乖離の大きいSKUから発注量を修正していきます。主力商品Aのように動きの読みやすいSKUは自動化に近づけ、季節性の強い主力商品Bのような SKUは人の判断を残す、という濃淡をつけるのが現実的です。
モデルケース(試算)では、この見直しで新規の過剰仕入が月あたり約120万円分抑制され、90日後の在庫評価額が3,500万円→2,800万円(20%減)、在庫日数が91日→約73日に向かう前提を置いています。
6. Step3(61〜90日): 出口設計と月次レビューへの定着
最後の30日は、Step1で特定した滞留在庫の出口(セット販売・アウトレット・卸・損切り)を決めて実行し、同時に「毎月やる仕組み」に落とします。月次レビューで見るのは、在庫評価額・在庫日数・滞留比率・5費目合計の4つだけで十分です。ここまでを人手だけで回すか、在庫管理の仕組みに載せるかは規模次第ですが、大切なのは90日で終わらせず翌月も同じ数字を見続けること――一時的に在庫を減らすことではなく、「増え続けない運用」を作ることです。
なお「在庫を減らすこと」自体が目的ではありません。減らしすぎれば欠品で売上を失います。この点は「在庫を減らすと利益が増える」を数学的に証明してみたで整理した副作用の議論がそのまま当てはまります。
7. 試算結果と読み方の注意
90日後の5費目を再試算すると、年間ベースで約998万円→約710万円、削減額は約288万円(約29%)になります。
費目別に見ると、金額で最も動いたのは値下げ・評価損(280万円→180万円)です。滞留を早期に特定して出口を先に決めたことで、シーズン終盤の投げ売り的な値引きが減る、という構造を反映しています。次に効いたのが保管・倉庫費(420万円→340万円)で、在庫評価額の圧縮がほぼそのまま保管容積の圧縮につながる想定です。管理工数の45万円減は、SKU別の滞留チェックや発注計算を月次の定型作業に落とし込み、都度の「探す・確認する」時間が減る効果を人件費換算したものです。
読み方の注意を2つ挙げます。第一に、この削減幅は「滞留20%・保管費売上比3%」という前提を置いたモデルケース(試算)であり、業態・粗利率・倉庫契約によって削減余地は大きく変わります。高回転の消耗品中心なら滞留比率はもっと低く、削減余地は保管費側に寄りますし、季節品や大型商材中心なら値下げ・評価損側の余地が大きくなる傾向があります。第二に、最も効くのは目に見えにくい費目(値下げ・評価損、管理工数)であり、ここは可視化しない限り削減の対象にすらならない、という点です。
90日というのは「完璧に終わらせる期間」ではなく「数字を見る習慣が定着するまでの期間」です。まず自社の5費目を1枚に書き出すこと。そこから始めてみてください。
【お知らせ】 Arkeでは、この記事の5費目可視化と90日ロードマップを支える在庫管理SaaS S-Wallet を提供しています。在庫評価額・在庫日数・滞留比率を自動で1枚のダッシュボードにまとめ、費目別の試算を自社の実数で置き換えるところまで伴走します。在庫費用の見直しを検討中のEC事業者の方は、こちらからお気軽にご相談ください。